IIIKのモデラー三昧なフロク

  ここはモデラーとしてのKのプログ… ではなくてフロクです。
  模型教室の運営とは関係なく、Kの個人的な雑記帳的コーナーです。
  このページは、自筆の小説『月の野原の大統領』(執筆中)を掲載しています。




        



 

・ インターネット小説 ・


月の野原の大統領』
− 1 −



     恋 愛 退 屈 病


  「まただ…」
  私は、そう呟いた。
  また、黒い犬が地面にずぶずぶと溶けていく、奇妙な夢をみてしまった。
  いったい、この夢は何を意味しているのだろう。もう何度、この夢をみたのか思い出せないくらいだ。

  なんとなく想像していることといえば、あの黒い大きな犬がわたし自身であり、何の変哲もない「退屈な」毎日をこれからも延々と送り続けるであろう、わたしの心の表れらしいということだ。その心の淀みがより深く沈んでいく警告のようなものに、わたしには感じられる。
  そして、この夢をみた後の1日は、きまって自分の退屈な生活を、余計ひしひしと肌身に感じることになるのだ。

  わたしはもうすぐ―――この夏に結婚する。
  あと1年で大台(三十路のことだ) になる寸前で、理想的な結婚ができることは、我ながら喜ばしいことだ。
  最近は結婚なんてしなくてもいいという考え方が広まってきているみたいで、同い年の友達にはまだ結婚しない娘が何人もいるけど、わたしは結婚する。
  二つ年上の姉が四大をでて、すぐに嫁いだものだから、妹のわたしも早いのかな?なんて思っていたが、全然そんなことはなかった。結婚を偶然のようなものに考えていたのだ。
  結婚するには当然、恋愛をしなければならないし、その過程、その他諸々を越えた果てにあるのが結婚なのだとわかるようになるまで、わたしは姉より随分長い年月を要したのだ。

  こういってはなんだが、相手の彼もいろいろと申し分ない人で、埼玉の実家に住む両親も祝福してくれている。女は結婚前日になって(これでよかったのかと!)大いに不安になるケースがままあるというが、わたしの場合そんなことはなさそうだ。わたしの旦那サマになるその彼、外村(ほかむら)クンは、人間がよくできているし、容姿もわるくない。収入も安定しているし、何より私のことを愛してくれている。

  では、なぜ「何の変哲もない退屈な毎日をこれからも延々と送り続けるであろう…」なのか。
  それは、わたしが彼を心底愛していないからだ、とわたしは思っている。
  ところが結婚はする。そしてそのことに不満も不安もない。
  つまり、外村クンのことを誰よりも好きではあるが、わたしの精神のすべてを捧げるほど好きには、未だなれていないのだ。そして、このことはこれから先、結婚しても、本当の―――無私の愛とでもいおうか―――に発展する可能性は低く、ときめくような結婚生活を送れそうにない予感がそういわしめている。

  20代後半も終わりつつあるOLのありていな話だが、わたしの愛は別の人に向けられている、と思う。といっても、浮気しているわけでもなければ、だいぶ前に話題になった形式結婚なんてのをするつもりもない。その恋愛は、もうとっくに終わってしまった話なのだ。

  今でも忘れることはない。

  もし、女の愛が一生にひとつだけだったとしたら、わたしのそれは、その別の男性とのものだったと思う。その人と付き合っていた時の私は、今よりずっと幸せを感じて輝いていたからだ。好かれていたこと好きでいたことの悦びも、今とは比べものにならない。
  たとえば、今の彼とご自慢のBMに乗って、あちこち遊び回るゴージャスなデートをしてくれた時より、わたしにとっては、その昔の彼と自転車で二人乗りをして、たわいもない話と緩やかな風を感じていた時の方が、大切で幸せな時間だったと感じてしまっているのだ。

  これは、どうしようもない。
  わたしの本能で優先順位がついてしまっていることなのだから。

  こんな歳になると「運命の赤い糸」とか口にだすのも恥ずかしくなるが、恋愛には相性というか、フィーリングが確実に存在する。
  どんなに性格や趣味が違っていても、好みの服や食べ物、ミージシャンが違っていても、フィーリングさえあえば恋愛は成立する、というのがわたしの持論だ。むしろ、付き合う二人の志向というものは、違っていた方が逆にうまくいくのではないかと思っている。

  そのフィーリングが、昔のその人とは最高だったのだ。
  お互い魂が引き合うような恋愛を20代の前半にしてしまったわたしは、それ以降、本当にときめくような恋の悦びを感じることができなくなったまま現在に至っている。

  その昔の彼、公生(キミオ)はもういない。
  今、どうしているかも知らない。
  同い年だから、わたしの知らない女性とどこかで一緒になっているのだろうか。
  短大生になる時に関東から、京都の文化に憧れて、京都市左京区の銀閣寺の近くに移り住んだ若かかりし頃のわたしは、この地でできた新しい友達のひとりだったキミオをいつしか好きになっていた。

  そして数年後、キミオと逢うことができなくなった時、わたしは人生の中で、かけがえのないものを失い、それがもう二度と戻ってくることがないことを知った。

  失恋は誰にとってもつらいものだが、長い年月が経つと、見方が変わってくる。
  しかしやはり、わたしのひとつだけの愛はその過去の人がもっていってしまったと、今でも認めざるを得ない。
  それにしても5年以上の時間が過ぎ去ったというのに、ここまで私の精神を支配する(この表現は的確ではないけれど)、その人の存在とはいったい何なのだろうか。我ながら不思議としかいいようがない。

  こんなわたしの胸中は誰にも、親しい友人にも、姉にも両親にも話したことはない。無論、今の彼にもだ。皆にとって私は外村クンが好きな結婚間近の女性、吉田月子であり、それ以上でも以下でもないのだ。
  わたしは自分の心の深い部分にだけ嘘をついて結婚をする。内心、忸怩(じくじ)たる思いなんてない。そしてこれから、外村クンと幸せに暮らしていくのだ。

  「マンネリになっても、子供なんか出来たら、生活感まるっきり変わるわよ」
  こう、生々しいアドバイスをくれた、ほほえましい友人もいる。同い年の親友である彼女は、私よりずっと早く結婚して、今では二児の母だ。それも、わるくはないかもしれない。
  しかし、こんな風に、今後の自分の人生がおおよそ予想できてしまうことが、わたしの未来に対する失望以外の何ものでもないのだ。

  ふう。
  これが、どこにでもあるような、わたしの退屈な日々なのだ。
  わたしは心の中で「恋愛退屈病」と勝手に名付けている。

  ところが、「時」がきた。
  我ながら稚拙な表現だが、困ったことに他に表現のしようがない。
  何の「時」だといえば、わたしのこの恋愛退屈病を忘れさせてくれる&―――どころか、嫌がおうにも夢中にさせる事件が起きた。事件というのは大げさだが、自分にとっては心の事件なのだ。


  ある日、わたしは風邪で寒気がして、会社を昼過ぎに早退させてもらった。こんな日に限って午後  からの定例会議があったので、いつもよくしてくれる上司に申し訳なかった。

                                                   (つづく)





      





・ インターネット小説 ・


『月の野原の大統領』
− 2 −



     ふたつの黒い影


  うう… 熱だけでなく、頭が痛い。
  今年の風邪は、タチがわるいらしい…。
  そんなことを考えながら、わたしはほうほうの体で、早退届けを提出して会社からでてきたのだった。

  情けない話だが、あまりの苦しさに、帰宅する前にバッグに入れてきた風邪薬を飲んでおきたくなった。頭痛のせいか吐き気までしてきたからだ。これから地下鉄に乗って帰る時に、もっと具合がわるくなるとも限らない。わたしは臆病なのだ。(ところで、風邪薬とバッファリンをいっしょに飲むと劇薬になるという話は本当だろうか。)

  薬を飲むには、会社から駅までにあるコンビニでミネラルウォーターを調達しなければならない。そう、考えることさえも億劫な気分なのだが。
  レジで、血色のない顔色を見られるのがいやだったが、エビアンを買ってさっさと店をでた。そして、さっさと錠剤を喉に流し込みたいと考えているわたしの視界に、それは飛び込んできた。

  最初は、黒い毛布の塊のように見えたのだが、わたしが歩くヒールのかつかつする音に反応したかのように、その犬が地面にもたげていた首をこちらに向けたからだ。
  途端、わたしは、ぎょっ!としてしまった。
  それが、夢にたびたび登場する、あの大きな黒い犬だったからだ。すると1、2秒してから心臓のあたりが文字通りドキッとするのを感じた。
  わたしの目は、一瞬その犬の目と合い、どうしても釘付けになってしまった。

  (いや、まてよ…)
  よく見ると、あの夢の犬とは違うことに気がついた。
  夢の中の犬は、もっと精悍で若々しい犬なのだ。目の前の犬は、よくみると、黒い毛並みには白髪がまじり、うす汚れていて、地面にぺたりと座り込んでいるよぼよぼの老犬なのだった。それでも、緑色の首輪をしているところから察するに、誰かの飼い犬らしかった。

  歩道の隅っこで、まだこちらをジーッと犬特有のいじらしそうな目で見ているが、わたしは構わず薬を飲むことにした。
  すると、コンビニの袋からエビアンを取りだしたところで、その犬が舌を大きくだして、わたしに近寄ってきて、眼前にぺたりと座り込んだ。
  無視するわたしが、風邪薬の錠剤につづいてエビアンのキャップをひねると、その犬はいかにも水がほしいといわんばかりに、尻尾を振るリアクションをしてみせた。都会のど真ん中を彷徨っていて、喉が渇いているのだろうか。

  わたしは、口に含んだ薬を水で流し込むと、しかたなしに残りのエビアンを、その犬にあげることにした。ペットボトルではさすがに犬には不向きなので、手の平で器をつくって飲ませた。
  (今にもベッドに倒れ込みたい気分なのに、わたしは何をしているのだろう)
  ―――などと思っていると、その犬は、ボトルに残っていたミネラルウォーターを全部平らげてしまった。よほど喉が渇いていたらしい。当然、わたしの左手はこの犬の唾液でベトベトになった。

   その後、その犬が自分の後を、駅までついてこられた困るなと思っていたのだが、杞憂だった。もといたコンビニの脇、歩道の隅にまたへばりこんで、動くことはなかった。


  その日の晩から、わたしは案の定、高い熱をだしてしまった。
  こういう時ほど、女の一人暮らしが心細いと感じることはない。もしかしたら、このまま治らないのではないか…;、このまま死ぬんじゃないだろうか…、と風邪で弱気になった精神だと事大げさに考え始めたりもする。
  いつものように、夜の9時には外村クンから電話が掛かってきたが、「ちょっと風邪気味」としか伝えなかった。頼まなくとも、すぐ看病に飛んできてくれる優しい彼氏なのだが、なんとなく相手に心配をかけたくない、というか自分のことで人騒がせをしたくない、わたしの損な性格なのだ。

  ああ、この調子では明日、会社を休まなくては」
  そんな体裁事を心配しながら、自分が寝ているのか起きているのかわからないベッドの上で、少し朦朧とした意識の中にまたあの黒い犬がでてくるのだった。

 相変わらず、何もない真っ白な地面へ、ずぶずぶと沈み込んでいく。この犬をわたしは自分自身の精神を投影した存在のように考えている。なかなか文章でこのシーンを伝えるのはむずかしい。読者諸氏には、バビル二世のロデムあたりを想像していただければいいと思う。
  そんな「彼」(彼女?)をわたしは今回は、まじまじと観察した。
  やっぱり、昼間にでくわしたあの犬とは違う。こんなにも黒々とした毛並みではないし、緑色の首輪もしていない。

  そう確認し終わると、わたしは心の何処かで、がっかりしている自分に気がついた。わたしの夢にずっとでてくるこの大きくて黒い犬が、わたしの味方であって、風邪で弱っているわたしを守ってくれるために、現実世界に表れてくれたのかもしれない、と自分勝手に思いたかったのだろうか。


  翌朝になると意外なことに、熱はすっかり下がっていた。
  まだ気怠い感じもするが、会社には行けそうだ。8年もOLをやっていると、自然と仕事をするように体調コントロールをしてしまうのかなぁ、としみじみ思ってしまう。あはは。携帯を開くと夜中に外村クンからメールが届いていた。本当に優しい彼だ。
  今日は、薬も水もバッグに入れて出社することにした。

  マンションのエントランスをでたわたしは、そこで再びギョッとすることになった。
  昨日、コンビニの前で水をあげた黒い犬が、そこにいるではないか!
  例の緑色の首輪をしているから、昨日の犬に間違いないだろう。また、地面にぺたりとしゃがみ込んでいるかと思うと、わたしを見つけるなり、座り正して尻尾を二度三度機嫌よく振っていることから、わたしを待っていたと考えていいだろうか。
  会社の近く(のコンビニ)から、ここまで地下鉄で3駅だから、歩いて来れない距離ではないにせよ、どうやってここを探し当てたのか、考えるとぞっとしないでもない。しかし、その犬の温厚な表情を見ていると、一向に恐怖は感じなかった。

  ここで、その犬のために餌をあげる時間をとったり、飼い主を捜してあげたり、部屋にあげたり―――などという乙女チックな展開をするかといえば大間違いで、わたしはあっさりとその犬を一瞥すると、さっさっと駅に向かった。
  そしてその犬は、この前と一緒で、わたしについてはこなかった。

  その日のアフターファイブ(格好つけているが、本当は残業で6時なのである。とにかく仕事が終わった時刻)には、業務の忙しさのおかげで、昨日の体調の悪さなどほとんど忘れてしまっていた。
  会社から駅までの通り道にあるコンビニの前に来た時、わたしはあの犬の姿を歩道の隅に探していた。しかし、あの犬はいなかった。ふしぎな犬だ。そして、不思議な体験だともいえる。

  ところが、夕食の材料を買い込んでからマンションまで帰ってくると、エントランス前の歩道に、その犬はまだいた。
  (おいおい、朝からずっとそこいたの?)
  身体を輪のように丸くして、また地面でへたり込んでいたが、わたしのヒールの足音で気が付いたのか、だいぶ手前の距離からむこうはこちらが帰ってきたことに気がついた様子だった。
  その犬の前で、一端歩みを止めて怪訝に思いながらも、わたしはすぐ、マンションの中に入っていった。
  それでも、やはりあれだけ不自然に自分の前に表れられつづけると、誰しも気になって仕方がない。もしかして、このマンションに飼い主がいる!?、などと推理しだすと、もう意識せずにはいられない存在になってしまっていた。

  わたしは、急ぎ気味に夕飯を作ると会社用に使っている弁当箱に詰め、もうひとつ予備で持っている弁当箱にはご飯と肉と魚の身だけを詰め込んだ。
  時計は、8時をすこし過ぎていた。まだ春先なので、マンションの外は寒い風が吹いていた。
  エントランスの周囲を見渡しても、あの犬はいない…。
  歩道にでてキョロキョロ辺りを見回すこと30秒。気がつくと、あの犬はわたしの足下に、姿勢正しく座ってこちらを見ていた。黒いから見つからなかったのだろうか。まったく心臓に悪い。

  部屋に上げるわけにはいかないので、マンションのすぐ近くにある大きな公園のベンチで、わたしたちは夕食をした。持ってきた皿にミネラルウォーターもついであげた。普通、犬ならがっついて食べるものと思っていたが、この犬は、非常におとなしく食べ物を口にした。身体こそ大きいが、見れば見るほど年老いた犬だったので、もう食欲旺盛ではないのかもしれない。
  食事の後、わたしはこれまでの何点かの疑問を、尋ねてみた。

  「あなたの飼い主はどこにいるの?」
  「どうしてわたしにつきまとうの?」
  「どうやってわたしの家を探し当てたの?」

  するとその犬は、確かに困り果てた表情(眉根をしわ寄せているという感じで)をして、小声でこういった。
  「キャウゥーン…」

  ―――だよな。犬だから、仕方がない。
  それでもわたしには、その犬が「わからない」、「こまる」といっているように聞こえた。
  甘えてじゃれついてくるようでもなく、かといってよそよそしいわけでもなく、その老犬はただわたしの側に静かにいるだけだった。そのたった20〜30分の時間、わたしは何故か久しぶりの安堵を感じていた。言葉こそ話さないが、わたしのいっていること、わたしの気持を理解している存在に思えたのだ。


  さて、その日の晩の冷たい夜風に吹かれたせいで、次の日からわたしはいよいよ大風邪をひいてしまった。(それみたことか)
  会社を2日も休むことになり、社会人として失格なばかりでなく、お医者サマや友達方々にも大変お世話になった。こういう時、彼氏にはすっぴんのやつれた顔を見られたくないので、外村クンの看病は断ったのだが…
  「月ちゃん、これから結婚する仲で、そんなことで恥ずかしがるのはおかしいよ」
  と、優しく怒られてしまった。…すみません。


  その大風邪とベッドで斗っている2日間、わたしの意識や夢の中に、例の犬は登場しなかったので、この夢の犬のことも、あの老いた方の犬のことも、(風邪が全快するまで)ケロリと忘れていた。
  それを気がついたのが、病み上がりで出社した日の午後。
  帰宅する際、会社の近くのコンビニや、マンションのエントランスを気にしたが、あの老犬はいなかった。
  一端、3階の自分の部屋に帰ったわたしは、ふと近くの公園にあの犬がいるかもしれないと思い、行ってみることにした。
  これでは、また風邪をぶり返すことになるかもしれない。
  そうも思いながら、万が一、あの犬がわたしのことをまた待ってくれているとしたら、と考えると、気が気でなかった。


  公園に着くと、一緒に夕食をしたベンチから少し離れた木々の下にその老犬はいた。午後7時前なので辺りは暗くなっているが、今回は簡単に見つけることができた。緑色の首輪をつけているかぎり、ほかの野良犬と見間違えることもない。
  最初に出会った時のように、身体を輪のように丸くして、大きな木の下で隠れるように伏せていた。違っていたのは、わたしが近づいていっても、一向に気付いて首を上げないことだった。犬とは、こんな寒いところで眠っていられるものなのか。

  起こすのも何だが、そっと背中をなでるように触れると、わたしはようやく理解した。
  その老犬の身体はひどく冷たくなっていた。そして、二度と目を開けてくれなかった。大きく揺す
ってもみたが、身体がうそのように軽く、そして硬くなっていた。

                                                     (つづく)






      






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月の野原の大統領』
− 3 −



     タイトル補完計画


  途方に暮れていた。そして、思考がうまく働かなかった。
  どうすればいい?

  ―――見て見ぬふりをして、立ち去るべきか。

  ―――かわいそうだから、せめて埋めてやらなければならない。

  死んでしまった老犬の前でかがみ込んだわたしは、逃げだしたい自分と、ほんのわずかの時間を共有したこの老犬への憐憫をもつ自分との葛藤に頭を悩ませていた。
  それでも結局、この犬の亡骸をほおってはおけないと思えたのは、わたしが律儀で優しい性格だからという訳ではなく(その証拠に涙ひとつでなかった)、この犬があまりにも寂しそうに眠っている姿のままだったからだ。

  ところが、いざ埋葬してやろうと決心しても、大きな公園なので土はいくらでもあるが、スコップひとつなくては、どうしようないことに気がついた。それに時刻が遅いこともある。
  わたしは、携帯電話をとりだし、外村くんに来てもらおうと思ったが、ボタンを押す指をとめてしまった。あれこれ説明するのが、なんとなく面倒になったからだ。
  いったん引き返して、朝になってから、また来ればいい。
  そう、自分にいいきかせて、立ち上がろうとした時、ふと老犬の首輪が目についた。
  もしかしたら…、という一縷の思いで老犬の首輪を外すと、やはりあった!

  ソーリ  090−7202−7952

  首輪の一部にマジックでこう記されていた。これはどうみても、飼い主の電話番号ではなかろうか。しかし、「ソーリ」とは何だ? 飼い主の名字にしても、犬の名前にしても変だ。

  2〜3分あれこれ躊躇したが、わたしはこの番号に電話をかけた。考えてみてほしい。静まりかえった夜中の公園に女一人で、見知らぬ人に、飼っていた犬が死んでしまったことで電話するのだ。元来小心者わたしの心臓の鼓動は、かなり速くなっていた。
  そんな気持ちをよそに、電話はあっけなくつながった。若い男の声だった。

  わたしは、最初に確認のため、犬の容姿などを伝えると、やはり飼い主であるらしかった。その後、その犬が死んでしまっていることをできるだけ淡々と告げ、今いるここの場所を伝えた。
  相手は、野原という人で、「ソーリ」はやはりというか、この老いた犬の名前のことだった。あの総理大臣の総理のことらしい。1週間ほど前に家からいなくなったのだそうだ。

  ん? 月子(わたし)と野原と総理…、この小説のタイトルみたくなってきたぞ。でも何か違う。

    ゴホン! さて、この野原という人物は、今からここに来るといい、できればわたしにも帰らずにいてほしい、と告げて電話を切ってしまった。
  夜の10時近い時刻の公園で、知らない男性と二人きりで会うのはどうかと、かなり迷ったが、電話の声からして危険そうな印象の人には思えなかったので、待つことにした。どうせ、乗りかかった船だ。


  身体が冷えきって、20分もした頃、その飼い主は現れた。
  どうも電話の声が若いと思ったら、どうみても中学生か高校生くらいの少年だった。そして、走ってきたのであろう、息を切らせた声でこういった。
  「ハァハァ あの… 吉田さんですか」

  わたしが、そうだと答えると、彼はぺこりと頭を下げた。
  昔はよくいた野球部員のように丸刈りのとても短い髪型をしていて、大きな目と、異常に太くて逆ハの字の並びをした凛々しい眉毛が、まず目に飛び込んできた。しかし、ハンサムというのではなく、子鼻と口も大きいので愛嬌のある顔といった方がいいだろう。この年頃に多い、タチの悪い不良には到底みえなかったので、わたしは安心できた。

  彼はすぐさま、ソーリの亡骸の側に寄り、膝をついてほんの暫く、じっとその老犬をただ観ていた。あまりにじっとして動かないので、背中越しにいたわたしは、この少年が泣いているのかもしれない、と想像した。
  暫くすると、ソーリの硬直した亡骸を両手で支えて、そのまま立ち上がった。その少年はわたしと同じくらいの背丈なのだが、ソーリが大きい犬なので抱えるのは大変そうに目に映った。

  「このまま家にもってかえります。ちゃんと埋葬してあげたいので」
  「そうでしょうね。それがいいわ」
  「あのう、吉田さんの連絡先を教えてもらえませんか。今度ちゃんとお礼します」
  「お礼なんて、そんなのぜんぜん。ただ、わたしもすこしだけ訊きたいことがあるの。今日は野原さんいろいろ大変だし、また今度にしましょう」
  わたしがそういうと、彼の希望で、私たちは互いの携帯でメールアドレスを交換し、そして別れた。


  次の日、ちょうど仕事からマンションに戻った晩に、彼からメールが届いた。そして、わたしはまた、ドキッとさせられた。メールの内容はこうだった。

  ―――昨日ありがとうございました。ソーリは今日、家族に動物専門の葬式屋に連れていかれました。火葬になるのだそうです。ボクも行きたかったのですが学校があって無理でした。 野原公雄

  わたしが驚いたのは、彼の名前の公雄(キミオ)という部分だった。わたしにとっては、とてもいい想い出の名前なのだから。
  簡単な夕食を作り、シャワーを浴びて落ち着いてから、わたしは野原公雄クンにメールの返事を送った。やはり昔好きだった人と同じ名前の相手だと、どうしても印象よく思えてしまう。これは、女のサガなのだろうか。いや、男でも同じに違いない。

  ―――ご愁傷様です。最後に飼い主のもとへ戻れてソーリは幸せだったのではないでしょうか。実は、ソーリのことで尋ねたいことがあるので、今度電話してもいいですか? 吉田月子より

  わたしは、その野原家を家出した老犬が、わたしと仕事場の近くで出会い、そしてなぜわたしのマンションまでやって来たのか、その理由を知りたかった。偶然と考えてもあまりに不思議なことだったからだ。彼に訊けば、何かわかるかもしれないと思ったのだ。
  わたしがメールを送ると、向こうからすぐに「OK!」のメールが来たので、早速電話をかけた。


  わたしにとって、「もうひとりのキミオ」との会話は愉しかった。すぐにお互いうち解けられたし、彼がとても正直で純粋で、まっすぐな性格をした少年だということがわかった。この3月に中学を卒業したばかりだそうだ。
  ただ、例のソーリの不可解な行動のことについては、公雄クンもどうしてか理由がわからないということだった。無理もない話だ。

  ソーリは、アイリッシュ・セターという珍しい犬の雑種(本当のアイリッシュ・セターは褐色の毛らしい)で、彼が小学生に入学する時に、知り合いからもらわれてきたという。当然、野原家では家族同様に大切に扱われてきたらしいのだが、ここのところ老衰でかなり元気がなかったという。
  もともと利口で、とてもおとなしい犬で、ほとんど放し飼いだったらしい。それが、1週間前に突然姿をくらましてしまった、という訳だ。
  私たちは、ソーリが自分の死期を悟り、人知れず死ぬために、野原家を離れていったのかもしれないね、という推理の話をした。
  しかし、そうだったとして、どうしてあのような都会のど真ん中で、わたしと出会うことになるのだろう…。そして、どうしてわたしのマンションまで追いかけて慕ってきたのだろう…。

  奇妙な体験だった。今となっては、亡くなってしまったソーリ自身にしかわからないことだ。

                                                     (つづく)





       






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『月の野原の大統領』
− 4 −



     スローライフ 始まる


  「女王は城にひとりだけ。あと、5万も6万もいる労働者達と、数百の哀れで無能な男達。―――これって何のことかわかる?」


  こう、だされたナゾナゾに、わたしは答えることができなかった。
  そして、新しく友達になったキミオくんは、いつまでたっても答えを教えてはくれなかった。
  彼は、それが面白いのだという。
  わからないからナゾナゾであり、わたしにはいつか解けるのだという。


  前回の話から、少しだけ時が流れた。
  まず、恋愛退屈病のまま、わたしは予定通り6月に結婚をした。
  住まいが旦那サマのマンションに変わり、姓も外村(ほかむら)に変わった。我ながら、吉田月子という響きは好きだったが、これはこれで新鮮なものだ。
  そして、27、8の頃までそこそこ情熱を燃やし続けていた仕事の方も、結婚を機にあっさりと辞めて専業主婦になった。

  つまるところ、オンナの仕事に対する情熱とは何だろうと思い始めてしまっていたからだ。
  今は、キャリアウーマンなんて言葉が意味をなさない程、第一線で活躍する女性が普通にいる世の中になったのは事実だけど、リアルな話では、一生懸命勉強して仕事の知識を身につけても、やはり女性では、なかなか男性と同じポジションに就くこともできなければ、同じ扱いをされることもない。

  学校をでて就職してすぐの頃は、自分の技量をいろいろと試したかったし、同期の男のコにも負けるものかと息巻いていた。しかし、社会にでて初めて気づかされたことのひとつは、男性社員と同じ扱いにされないのは、女性にとってはやはりありがたいことなのだと、ひしひしと感じさせられた点だ。

  仮に有能であっても、体力的な面でどうしても男性に劣ってしまうし、外へでて営業をすれば、相手から「見えない壁」か「仕事とは関係のない好奇心」を感じなければならないことも結構あった。こんな部分を含めて、会社がオトコと同じ扱いにしてくれないから助かった経験が、わたしには星の数ほどある。

  そして、オンナは結婚して子供でもできようものなら、仕事への熱意も冷めざるを得ない。冷める、というよりは、関心ごとが子育てに代わり失速するといった方がわたしのニュアンス的にはぴったりくるのだが、自分もその一人になりそうだったから、キリのいいところで身を引こうと思ったのだ。

  聞こえがいいかもしれないが、この8年間わたしなりに仕事に誇りを感じていたので、中途半端に終わっていくことだけはしたくなかった。
  そして、なかなか収入のまともな旦那サマのサラリーだけで暮らすのもわるくはない。ただ、自分が恋愛退屈病に加えて、生活退屈病にまでならんことを祈るばかりだった。


  ところが、世の中は万事予想通りにはことが運ばないもので、わたしの旦那サマは結婚式を挙げてすぐ、どういうわけか静岡に飛ばされた。2ヶ月間の単身赴任。なんでも現地支店で、重要な新人研修第二弾の任に就いているのだそうだ。週末には新幹線で帰ってくることもあるが、新婚のあまい蜜月生活といった雰囲気にはなりそうもなかった。

  そういう理由で、ちょうど今のわたしの生活環境はポッカリと白い空間ができ始め、あまりいい意味ではない方のスローライフそのものになってしまった。
  仕事を辞めないで兼業主婦をやっている仲のいい友達は、口こもごもに、ジューンブライドと専業主婦に加えて、「亭主元気で留守がいい」のラッキーを称えてくれたし、よく遊びにも来てくれた。しかし、どうにもわたしは、もてあました時間の過ごし方に慣れずにいた。それに、家でゴロゴロしているとみるみる太ってしまいそうだ。

  そんな時、暫くみることのなくなっていたあの黒い犬の夢が、再びわたしに訪れた。
  それでわたしは、ほとんど4ヵ月の間すっかり忘れていた、ソーリと野原キミオくんのことを思い出した。そこからどういう思考の流れかは知らないけど、犬を飼ってみたいかもと、漠然と考えるようになった。幸い、今住んでいる旦那サマのマンションは、ペットを飼ってもいいことになっている。

  その翌日、わたしは久しくほんの少しだけ心が躍る気持ちで、地下鉄に乗ればそう遠くはない大きなペットショップを訪ねた。アイフルのCMにでているような流行の小型犬の値段にびっくりしつつ、猫やなぜか爬虫類のコーナーまで店内を見て回った。この時になって、ペットショップというものが暇つぶしになかなかいいスポットだという新たな発見ができた。

  それで、結局自分がどのような犬が欲しいのかと頭を整理すると、ぼんやりと浮かんだのは、どういう訳かソーリのような大きな犬だった。しかし、これでは世話が大変そうだし、第一旦那サマも飼うのを許してくれないだろうとすぐ思った。

  それからというものの、わたしは一日一回電話で話す旦那サマに犬の話をしたり、時折、本やインターネットで犬のことについていろいろ調べたりする日が続いた。こうした過程を経て、やはりなお、犬を飼うならソーリのような大きな犬、という気持ちが変わらなかったのは、優しい旦那サマが週末の休みに帰ってきた時、「どうせ飼うなら小型犬でも大型犬でも一緒だよ」と、おおらかな返事をくれたところが大きかった。
  それに、例の夢も、わたしの深層意識に影響を与えているのかもしれなかった。


  亭主元気で留守がいい。
  独りの日々がまた始まると、わたしは少し前から考えていたあるひとつのことについて決心をした。
  いや、決心なんて大袈裟なモノではありません。わたしの携帯電話にメモリーされたままの野原キミオくんに電話をするだけのことなのだから。

  大きな犬を飼うにしても、先人のアドバイスを伺いたかったからなのか、あるいは彼と久しぶりに話したかったからなのかは、自分でもよくわからなかった。ソーリが亡くなったあの公園で最初に会ったきりで、あとは携帯で何度かしゃべっただけ。友達といえるほどの仲ではなかった。何より10歳以上離れているお姉さん(おばさんかもね)が、久しぶりにかけてくる電話をとる男のコの気持ちとやらを想像すると、我ながら「ひいて」しまっていたのだった。

  それでもわたしは、彼の屈託のない笑顔、ドングリ眼とりりしい眉毛、愛嬌のある丸い鼻と大きな口―――を想像して、潔く電話をかけることにした。よく考えると、埼玉に住んでいた子供の頃、二つ上の姉が大好きだったアニメの海賊コブラによく似ている。と、いってもコブラは金髪で、野原キミオくんはほとんど丸坊主だったけど。

  わたしの詮ない心配をよそに、電話の向こうのキミオくんは、相変わらず純朴な感じで反応してくれる少年だった。
  4ヶ月の空白はすぐに消え去り、彼は始まったばかりの高校生活の話をいろいろと聞かせてくれた。  ところがわたしいえば、少し大人のウソをついた。向こうが近況を話してくれたのに、わたしは結婚の話は一切口にださなかったからだ。ただ、大きいマンションに越したので、ペットが飼えるようになった、とだけ伝えていた。

  「ところで、思いださせて申し訳ないんだけど… 犬の話。キミオくんの家、ソーリを飼ってたでしょう。わたしもあんな犬を飼うっていうか、一緒に暮らしたくなって。でも、犬を飼うのって大変なのかなぁ」

  「だったら、うちの犬を何日か預けましょうか。しばらく飼ってみて、自信がついたら、そうすればいいですし」
  ちょっと考える間をおいて、彼は親切にこういってくれた。
  「えっ、キミオくんの家って、ソーリの他にも犬を飼っていたの?」
  「うちは一家揃って生き物好きだから、犬とか鳥とかカメとかいろいろ飼ってるって、前に話したんですけど…」

  少々残念そうな声が受話器を通して聞こえてきた。
  そういえば、そんな話を聞かされていたことを、わたしはすっかり忘れていた。自分はちょっとした昆虫博士なのだと自慢していたっけ。今時の少年の趣味としては珍しいのではなかろうか。

  「実は、ソーリとよく似た犬がもう一匹いるんです。まだ2才だけど。大人しくて利口なやつなんです。今度連れていくから、どこかで会いませんか」
  この後、話はとんとん拍子に進み、わたしたちは最初に会った公園のベンチのところで、3日後の土曜の午前に会う約束をした。梅雨時期なので、雨が降らないことを祈るばかりだ。

  わたしは土曜日までに何となく、キミオくんの家が、犬やら猫やら鳥達に、珍しい虫や爬虫類がいて、広くてごちゃごちゃしている、ちょっと近所に怪しまれているようなイメージを勝手に想像して愉しんだ。

  お洒落でスマートな生活、そしてスマートな付き合い、それにちょっと刺激のある遊びも含めて、たいていのものに慣れ過ぎてしまった年頃のわたしには、キミオくんの素朴で生き物好きの性格を始めとして、想像上の家庭環境やら、その年頃だけがもつ遊び心や夢と希望に、某かのマイナスイオンを感じていた。


  そうそう。
  冒頭のナゾナゾの答えだが、キミオくんのいう通り、わたしは随分後になって、何のことかわかるようになった。ミツバチの巣のことだった。

  「何万ものミツバチは、たった1匹の女王蜂から産まれた子供達なんだ。女王蜂は1日に1,500から3,000個の卵を産んで、1年間で20万個にもなる。
  巣に数万もいる働きバチは全部メスで、ただし卵を産む能力がない。それに、文字通り働きづくめなのに、たった6週間しか生きられないんだ。
  数百いるオスパチは、1匹だけが女王蜂とたった1回交尾すればあとは全部用なし扱いで、巣から追い出されることになる。それで、秋になると寒さと飢えで死んでしまう。女王蜂だけが数年間も生きて世代交代をする。人間の社会とはまったく違うね」

  ―――と、まあこんな感じで、キミオくんの昆虫博士ぶりは、本当に大した知識だった。
  わたしはこの話を聞いた時、恵まれないオスバチ達以上に、女王蜂の方がなんだか孤独で可哀想な存在に思えた。
                                                      (つづく)