IIIKのモデラー三昧なフロク

  これまでに完成させた作品です。
  このページは、SF特撮に登場する乗り物の模型を紹介しています。







         テーマ: SFの乗り物
         日時: 2015年10月10日

帰ってきたマット特装車
地球防衛機構 怪獣攻撃部隊専用特装車 MAT VEHICLE
ハセガワ 1/24 マットビハイクル



          



もっとも有名なマツダ・コスモスポーツ?

67年発売のマツダ・コスモスポーツ。小さくて美しい昭和の宝石のようなクルマです。
90年のバブル時代に復活したマツダ・コスモは、3ローター搭載の大柄でラグジュアリーなハ
イパワーカーに変貌を遂げていましたね。そちらはおいて。


2シーターのコスモスポーツは、とにかく小さな車です。今の車両サイズの感覚だと、ちょっと
想像しにくい大きさ。あのユーノス・ロードスターが大きくみえるぐらいですから。全長は4,
130mmありますが、全幅は軽自動車並みの1,595mm、全高はかなりペッタンコで1,165mm
しかありません。昔の車は本当に車幅が狭いですよね。ただ当時は、これがスポーツカーでも
普通だったのです。


1970年代に巻き起こったスーパーカーブームの渦中、トヨタ・2000GT、マツダ・RX-7、日
産・フェアレディZなどと同様に、欧州製のスーパーカーばかりが持て囃され、あまり当時の
子供に見向きされなかった国産スポーツカーのひとつがマツダ・コスモスポーツです。国産初
のロータリーエンジン搭載という画期的な車両であるにもかかわらず・・・


クルマ好きの巷間では有名な話ですが、コスモは当時の東洋工業が心血を注いで開発した世界
初のロータリーエンジン搭載量産型車両です。ロータリーエンジンはそもそも当時の西独ヴァ
ンケルの特許であり、NSUヴァンケル・スパイダーに次ぐ、世界2番目のロータリー車というい
い方もできますが、それを何年も費やして実用化レベルまで技術昇華したマツダの功績は非常
に大きいといえるでしょう。


簡単にマツダ・コスモのサイズ以外の性能データを書いておきましょう。
車両重量 960kg、総排気量 491cc×2ロータリー、最高出力 128ps/7,000rpm(JIS gross)、最
大トルク 14.2kg-m/5,000rpm(JIS gross)。

現代では並みの性能ですが、当時では立派なスポーツカースペックといえるもの。数値はグロ
スなので、今風にネットに置き換えると、フリクションロスなんかで1割減といったところでし
ょうか。ロータリーエンジンなので排気量はピンときませんが、倍掛けした数字くらいが普通
のエンジンの自動車に相当するかと。小柄な割りにちょっと重いのが玉にキズですね。


自分はスーパーカー世代ど真ん中ですが、やはり正直あまり印象がないクルマです。ロータ
ス・ヨーロッパとか、ジャガー・Eタイプ、フェラーリ・ディーノあたりの意匠を合わせて当時
の国産車規格にダウンサイジングしたような、似たり寄ったりの流線型のデザインが意外とか
えって当時においては新鮮味がなかったのかも知れません。

マニアックな話では、コスモの宇宙船的なボディは、当時のマツダが広島という瀬戸内海に面
した地の利を生かして船大工さんに木型を作らせた、という逸話があります。


実際目(ま)の当たりしたのも、記憶している範囲では一度だけで、大人になってから実家の近
所のマツダ中古車センターで、妙に綺麗な白のコスモスポーツを目玉商品扱いで展示されてい
るのを見ただけです。レストア車両だったのでしょう。


ただ、漫画の世界ではすこし覚えていて、かのスーパーカーブーム立役者『サーキットの狼』
の物語序盤において開催された公道グランプリにおいて、ナチス軍総統 早瀬左近が駆るポルシ
ェ・カレラRSを追走する、真紅のマツダ・コスモスポーツは印象的でした。そのドライバー
は、幼な馴染みの早瀬左近を恋するあまり公道グランプリに出場した、大手電気会社の社長令
嬢 山岸みのり、その人でした。

でも、彼女は車両トラブルですぐリタイヤ。この残念エピソードによってマツダ・コスモスポ
ーツの車威が著しく地に落とされたことを悲憤慷慨する当時のマツダ車ファンは少なくありま
せんでした。


そんなマツダ・コスモスポーツですが、『帰ってきたウルトラマン』に登場したマットの車両
「マット ビハイクル」といえば、当時の放送を経験した人で知らない方はもうほとんどいない
といってよいくらい有名なのではないでしょうか。とにかく登場回数も普通に多かったし、必
要以上に目立つことはなくても、縁の下の力持ち的につねにマット隊員達の活躍とともにあり
ました。


しかし、その「マット ビハイクル」が、コスモスポーツの改造車であることすら、当時の子供
たちにはどうでもよかったわけで、ただただ『ウルトラセブン』のポインターや『超人バロ
ム・1』のマッハロッドなどと同様に、「テレビのなかのカッコイイ特別なクルマ」としての記
念すべき草分けの一台でありました。


最後に。マット ビハイクルじゃなくて、ビークルって発音するんだよ、という夢なきことをい
う人には、ウルトラマン作品を語る資格はございません。今回はとくに、少年時代、遠く輝く
ウルトラの星をその瞳に映せた諸兄に、ご高覧いただければ幸いです。こころ健やかに。





         


白地に曲線赤ラインのカラーリングってどうして
こんなカッコイイのでしょう? ♪ マッハ Go Go Go!






        


後期型ビハイクルなので、スタビライザーという名のリヤウイングがつく。








        



古き佳き時代のクルマ。美しい流線型ライン。







        



正面上から。砲弾型GTミラーはばったものくさい。






         


         



コスモスポーツの美しさが確認できるサイドビュウ。









「帰ってきたウルトラマン」によせて

「ウルトラマン」とわたし。
ごく私的なことを書かせてもらいますと、自分にとって親しいウルトラマンというのは、『帰
ってきたウルトラマン』になります。『ウルトラQ』、『ウルトラマン』、『ウルトラセブ
ン』放送時の頃には、わたしはまだこの世に生まれていませんでした。


セブン放送終了後、暫く期間があいたものの、ウルトラシリーズを受け継ぐ形で再び放送開始
された『帰ってきたウルトラマン』がテレビでよく放送されていた頃には生まれていました。
そのせいか、(それでもきっと再放送だったのでしょうけど)『帰ってきたウルトラマン』を子
供の頃は視聴する機会がとても多かったと思います。

(何故か子供の頃は、地元大阪では初代マンの再放送は結構あっても、セブンの再放送はとんと
なし。そのせいか、セブンのストーリーの記憶がまったくありません。)


人間は3歳より以前のことは記憶していない、といわれますが、それでもやはり帰マン(新マ
ン、ジャック)をよく視聴していた覚えがあります。とにかく、初代マンに比べて必殺技が多く
てかっこよかった。今思えばこれは制作会社の商業政策だったのでしょうけど。

そして、飛んだり跳ねたりが得意な短足『ウルトラマンA』でひきつづき近所の子供たちと視聴
に燃えまくり、少年少女視点での脚本が多かった『ウルトラマンタロウ』でややクールダウ
ン、『ウルトラマンレオ』ではテレビを見たり見なかったり。この傾向は、全国的なものであ
ったようです。

だから、久しぶりに復活した『ウルトラマン80』、アニメの『ザ・ウルトラマン』の放送はう
れしかったですね。よく見ていました。


もとい、『帰ってきたウルトラマン』の思い出について。
ウルトラマン大好きの少年時代、何より、主人公の郷 秀樹さんに強く憧れました。
1970年代に芸能界で新御三家といわれた郷ひろみさんと西城秀樹さんの名前を足して二で割っ
たようなストレートなネーミングですが、実はお二人のデビューより、『帰ってきたウルトラ
マン』の放送スタートの方が1年早いんですよね。当時の人気絶頂アイドルからとった名前なの
かなと、ずっと思っていましたが、真相は逆なのかも。なーんて。


郷 秀樹役の団 時朗さんは、長身のハーフで何気にかっこよかったというのもありますが、やは
り普通に暮らしている周辺にはいない存在感とルックスに惹かれていたような気がします。

この当時の子供にとって一種カリスマ的印象は、子供から少年、青年期になってもずっと心の
どこかで緒をひいていて、バブル期前後のF1ブームで活躍したアイルトン・セナ氏とルックス
が似ていたせいもあって、どうしても重なって見えてしまっていました。彼はウルトラマンだ
からあんなに速いのだと。(呆)

しかし、『帰ってきたウルトラマン』の劇中でも、郷さんは本当にレーサー志望でしたしね。

♪きみぃーにも みえぇーる ウルトラのほぉしー とおーく はなーれてー ちきゅうにひ
とりー・・・







        


ここから犬目線?の高さで・・・。






        


フロントメッキバンパー下のグリルラインにもメッキを施しました。







        


このぐらいの高さの目線だと人間的。









        


ここらへんになると虫の目線でしょうか。いい画。







          



リヤコンビネーションランプのデザイン&レイアウトは、ユニークにしてビューティフル。
下側ランプの表面外側には、一部メッキリングで囲まれたオレンジカラーのウインカーが。
面相筆でちまちまと描き込むのですが、小さすぎてとても難しい。ほかにも、小さくてわ
かりづらいですが、各リヤコンビランプレンズ面に固定用のネジ頭を四隅に描いています。

精密すぎるリヤトランクリッドのオープナー鍵穴とMAZDAのロゴオーナメントは、MC(メッキ
チップの意?)という電鋳の精密金属パーツ(メタルステッカー)。極小で粘着力が全然ない。

リヤウイングのパーツはやや厚みがあったので、とくに後縁を中心に薄くシャープに整形。
排気マフラーエンドは、付属のメッキパーツを使っています。例に倣ってもこもこパーツに
なっているので、穴内径をギリギリまでひろげて、少しでもそれらしくテールカッター風に。







          



こういうアングル好きです。カーモデルなんだから、三角窓は残して、
中が見やすいようにサイドウインドウをカットして製作しても面白い。














    ー ここからキットの製作レポートです ー






ハセガワのマット ビハイクル製作について

今回のハセガワ製1/24「マット ビハイクル」は、ご依頼で製作させていただきました。
本キットが世に発売されたのは1993年頃でしたか。もう20年以上前ですね。
当時、ハセガワさんのヒストリックカーコレクションシリーズとして発売された1/24「マツ
ダ・コスモスポーツ」はそのできの素晴らしさから、一般に傑作キットと高く評価されてお
り、それにつづき3ヵ月後くらいで矢継ぎ早に、『帰ってきたウルトラマン』に登場したMAT特
別装備のオプションパーツやデカールを付属して、別パッケージのキットとして発売されたの
が、この1/24「マット ビハイクル」でした。なぜかキット価格は元キットと一緒で。


この「マット ビハイクル」キット発売を契機に、同社の別ブランド アクトハセガワが立ち上げ
となっています。不勉強でアクトハセガワがどういう機能を果たす扱いのレーベルなのか知り
ませんが、同社十八番の戦闘機のキットについても以降、エリア88仕様キットの場合は、アク
トハセガワからの発売となっていることから、既存キット製品がある場合、キャラクター系製
品の販売とを棲み分けするためのレーベルといった位置づけでしょうか。はたまた版権の問題
でしょうか。


閑話休題、キット製作の話に入ります。
作り始めて気がついたのですが、自分は学生の頃かなりの台数のカーモデルを作りましたが、
タミヤやフジミ製ばかりで、ハセガワ製はなかったな、と。ちゃんと作れるかなと、すこし心
配になりました。フジミさんの一部のキットのように、ボディとシャーシとウインドウパーツ
の合いがちぐはぐだと、かなり苦しい作業が待ち受けていることになります。


しかし、そんな心配は杞憂も杞憂。大変設計精度の高い、噂通りの優秀なキットでした。親切
設計も随所に。感覚的なコメントとしては、タミヤともフジミとも違う設計アプローチで、ま
さにハセガワのキットはハセガワだけのもの、という印象。加えて、飛行機モデルのメーカー
らしさも、パーツ構成にそこはかと散見される心地よさでした。作りなれたら、カーモデルは
ハセガワがいい、と言いだしそうなくらい。


一方で、このマットビハイクルが、組み立て・塗装難易度が低い誰にでも優しいキットかとい
うと、そうではなく、まともに美しく製作・完成させるには、かなりの腕前が必要であると痛
感しました。いたるところに、それは高いハードルが待ち受けているのでした。

それは、ヘッドライトパネルの合わせ目の整面作業であったり、旧車モデルにありがちな細部
塗装であったり、メッキ部品の塗装再現であったり、そしての立体的な窪みに対応させなけれ
ばならない絶妙な判断を要するデカール貼りであったり、MC(マイクロチップかメッキチップ
の略? 電鋳メタルステッカー)パーツの貼付であったり。。。


しかし、これはハセガワさんのキット設計や品質に問題あるのではなく、コスモスポーツやマ
ット ビハイクルといった車両そのものが、デザインとして難しい部類の車であるがためでしょ
う。概ね、パーツの組み具合も合理的かつ良好であり、各部位ディテールについても一通りシ
ャープで秀逸、付属デカールにはチェックのシート柄を表現するための柄ものまで用意されて
いるアイデア。

また、先述のMCをはじめ、車内フロアカーペット用にカット加工済みフェルト素材(起毛)のシ
ール、フロントグリル用のナイロン製メッシュシート、といった各種素材を採り入れたも親切
設計の意欲作ともいえ、よりベターな形でユーザーに提供されている好キットです。

要は、それをモデラーユーザーが、使いこなせるかどうかという問題で。故にキット価格は2,
000円をすこし超えて設定されているのも納得がいきます。


カーモデラーの技量の必須条件は、セメントでクリヤーパーツを汚さない、というのがそのひ
とつにあると思うのですが、そういう次元よりもっと高いところで、ユーザーに満足してもら
うところに同社キットの設計・開発スタンスがあるのだな、と思わせられるキットなのです。








マット ビハイクルの素姓

さて、すこし「マット ビハイクル」の仕様について予備知識的なことを書いておきます。
『ウルトラQ』から数えて4作目、『ウルトラセブン』から制作休止期間があり、久しぶりの新
ウルトラシリーズ第一弾が1971年に放送開始した『帰ってきたウルトラマン』。(わかりやす
いタイトルですが、1966年放送の『ウルトラマン』とは別人)


その『帰ってきたウルトラマン』に登場、主人公が所属する地球防衛機構 怪獣攻撃部隊(モンス
ター・アタック・チーム、通称MAT)の専用特装車が「マット ビハイクル」です。怪獣攻撃部
隊の特装車といっても、マットジャイロや同アローのようにとくに怪獣攻撃用ではなく(ロケッ
トランチャーは搭載可能)、用途の主はクルマらしく隊員の移動の足であり、怪獣探索、早期警
戒任務、パトロール、制圧行動などに使用される車両です。


上の方で書いていますように、実際は小さなスポーツクーペですので、劇中で長身の郷さんが
乗車するシーンなんかだと、本当にプリティカーという印象ではあります。でも、ドアを閉め
る音なんかは、いかにも薄っぺらい「バアン!」ではなく、「ボスッ!」という落ち着いた閉
まり音でしたから、外観の素晴らしさ同様、ちゃんと車体剛性も高い造りの佳いクルマだった
のかも。


今昔、特撮作品には本当にいろんなカスタムカーが登場します。枚挙にいとまないほど。名前
も覚えられない。特撮系は全然明るい分野ではないのですが、わが国ではカスタムカーの有名
どころの元祖といえば『ウルトラセブン』の「ポインター」や『超人バロム・1』の「マッハロ
ッド」あたりからでしょうか。

一方で、純然たるつるしの市販車を、カラーリングや装備で仕立て上げた特装車の範疇では、
やはり特撮作品黎明期ではこの「マット ビハイクル」の姿が、誰の心の底にも刻み込まれてい
るような気がします。お化粧のデザインが、ウルトラシリーズを象徴するそれということもそ
の理由に挙げられますが。


この「マットビハイクル」には、番組に登場した仕様の順で、前期(初期)型(無線アンテナが大
きく弧を描いている)と、手動可変リヤウイングが取り付けられた後期型(無線アンテナがスマ
ートにセットされた)、それに結局本編撮影には使われることのなかった広報写真撮影仕様(幻
のマット ビハイクル。初期型と同じ仕様でリヤウイングなし、弧描きアンテナ、ドアのMATマ
ークが小さい、フェンダーミラーがオールメッキGT風ミラー、マーキングの赤ラインが細く直
線的な意匠)の3タイプがあるようです。


今回の作例は、リヤウイングが装備されていて、やはり人気のある後期型仕様です。(本キット
では、前期型と後期型の両仕様を製作できるようになっています)

ただ、何でも考証通りにという狙いではなく、クルマ模型完成品としての訴求効果も考えて、
ちょっとアレンジしたり遊んだりしています。

ボディカラーのホワイトも、実はホワイトパールクリヤーをコートしています。純白のまま印
象を崩さず、デラックスな方向へ。車内ではウッドステアリング、ウッドシフトノブの設定に
合わせて、サイドブレーキグリップもウッドにしたり、ドアインナートリムのメッキ部品を塗
装で増やしたり。


それにしても、学生の頃を柱に1/24スケールのカーモデルはいろいろたくさん作ってきました
が、こんなに真面目にカーモデルを製作したのは久しぶり。カーモデルの製作ってめちゃくち
ゃ愉しいです。思い出深い作品になりました。


 それでは ♪ワッ ダバダバダバダ・・・











       

                          



車内メーターナセル(インパネ)周辺です。完成したボディを被せる前に撮影。
ハンドルは、当時大人気だったモトリタのウッドステアリングのマツダOEMバージョンでしょ
うか。ホーンボタンにロータリーのマークが付いていますね。昔ミニに乗っていた頃、最初に
このハンドルをつけていました。


3スポークの穴あきは、キットのパーツでは穴が埋まって貫通していないので(インジェクショ
ン成形の限界)、0.4、0.5、0.6、0.8mm各径のピンバイスドリルで慎重に開口しています。

ウッドハンドル部の塗装は、まず全体を白に塗って、クリヤーオレンジをコート。次にサンデ
ィディブラウンなどでグラデ。最後に実物と同じように艶ありクリヤーでコート。汗で手がつ
るつるすべるリスキーなハンドルの出来上がり。


7連メーターについては、付属のデカールです。メーターリングだけクロームシルバーで先に描
こうかなと考えていたのですが、メーターデカールのアウトラインにすでについているので、
デカール任せにしました。勿論デカールのメーターは面倒でもひとつひとつちゃんと余白なし
のキワ切りにして。結果オーライだと思います。

デカール乾燥後は、ガラスレンズ効果を期待して、メーター表面にエナメルクリヤーを2滴落と
していますが、流石にガラスっぽくはなりませんでした。でも艶アリに。


特装車両として。
もとのマツダ・コスモスポーツのキットから、マット ビハイクルになったオプション付属パー
ツのひとつが、助手席グローブボックス位置に付くCB(市民バンド)無線機です。3つ目の画像
の白いパーツ。

これだけだとつまらないので、通信用マイクと電話の受話器コード(カールコード)を追加で用
意しました。マイクは元の形状を覚えていないので適当。カールコードは、手持ちの細いスプ
リングを任意の長さにカットして、ぐいっと引き伸ばしてみました。

フロアカーペット用のフェルト素材(起毛シール)はキット付属のもの。質感があってグー。









          



フロントノーズに燦然と輝くエンブレム&オーナメント。めちゃくちゃカッコイイ。ランボル
ギーニのような三角デザインのエンブレムって、スポーツカーにとても似合います。

これらも付属のMC(電鋳)パーツ製。2,000円以上のやや高額キットだけあります。ロータリー
エンブレムの方は、中心を水色でぬってあげます。このロータリー搭載を象徴するおにぎりマ
ークは、4輪のホイールキッャプ中心にも刻まれていて、同様のカラーで仕上げています。

念のため。Cosmo筆記体のロゴの方も美しいメッキですが、画像では光が反射していないので
黒く写ってしまっています。









          



昔のスポーツカーらしさの証ともいえる砲弾型フロントヘッドライト。今回の製作でこだわっ
た部位のひとつです。

インジェクションキット成形の特性上、こうした奥まった部分は、ボディパーツと一体成形と
いうわけにはいきません。したがって、このヘッドライトの窪み面は途中から別パーツとなっ
ていて、パーツの接着合わせ目ラインが妙に目立ちます。かといって、やや奥まった部分なの
で、整形・整面が大変。

 でも、頑張って時間をかけてこつこつきれい仕上げました。フロント部位は顔であり、ヘッ
ドライトは目ですから、やはり少しでも美しくないと。








          



ワイパーのディテールアップについて。モデラーズのエッチング製ワイパー組み立てプレート
を買ってきました。画像下段がキット付属のメッキワイパーで、上段がエッチングから組み立
てたもの。もう繊細さが全然違います。初めて買ったのですが、いいですねこれ。


しかし、今回は結局使えませんでした。・・・サイズが微妙に合わなくて。コスモスポーツの
フロントワイパーはご覧の通り、観音開きタイプの動き方をするもので、昔の車にしてはロッ
ド部分がやや長いようです、嗚呼。


まあそれはそれ、これはこれで、キットのワイパーパーツをあらためて使うことにしました。
こちらだってメッキ加工されていてベターです。ロッドとブレードが一部くっついて整形され
ているのがなんですけど。ハセガワさんたら。本来カットを敢行すべき箇所なのですが、繊細
なパーツでメッキ仕上げの故、折れると台無しになってしまうので、一応今回はブラックアウ
トにしました。

ワイパーに付く高速走行時の浮き上がり防止フィンは高輝系シルバーで再塗装しています。









         



ヘッドライトレンズ、リヤコンビネーションランプ、ウインカー、フォグランプを除いたクリ
ヤーパーツの大物が、これら一体成形のウインドウとヘッドライトカバー。

磨かなくても結構綺麗ですが、コンパウンドとセーム革で磨き倒します。割らないように注意
して(祈りながら)・・・ やるとやらないとでは、やはり透明感が違いますし、完成後のクリ
ヤーパーツの経年劣化(空気に触れると酸化で年月をかけて微妙に曇る)にも差がでてきます。

ヘッドライトカバーは劇中の実車はアクリルカバーなのか、やや曇り気味でしたね。








         



こちらもごく当たり前のディテールアップ作業。ナンバープレートについて、キットのパーツ
は厚さが1mmもあるので使用せず、0.3mm厚のプラ板から自作します。超簡単で効果大。0.
3mmでも実サイズに換算すると7.2mmにもなります。


この後、本来ならナンバープレート固定用の極小ボルトヘッドとリヤプレート用封印キャップ
を自作して取り付けるのですが、今回は陸運ナンバーではなく、マット特装車ということで同
名のカバーが付いているパターンなのでオミットしました。


ちなみに完成品画像のMAT文字つきのプレートは、勿論キット付属のデカールですが、10年以
上前のキットなので、白地部分がこんなにも黄変しています。もともと、ハセガワキット付属
のデカールは高品質なのですが、概ねデカールは傷んでしまってるし。もう、ここまで変色し
ていると、かえってエッググリーン(ゆで卵色)のプレートカラーって見方で、お洒落?にみせ
る勢いで。(笑)








         



特装車といっても、ほとんどカラーリングだけやん! と当時の子供につっこまれそうなマット
ビハイクルですが、どっこいCB無線機用アンテナだけはこれ見よがしに立派なものが装備され
ています。

ここは、模型製作では格好のディテールアップポイントといえるでしょう。(繊細な部位なの
で、あんまり大したことはできませんが)


まず、長いアンテナ線について。キットには0.5mm径の金属線が付属しています。が、実サイ
ズに換算すると1.2cm径になる通り、ちょっと太め。ここは、DIYショップで0.3mm径のステ
ンレス鋼製金属線を購入して換装。画像左の上が0.5mm、下が0.3mmの金属線です。

本当は、無線アンテナなので継ぎ目単位で先細りもしているはずですが、流石にその再現は無
理。車体に取り付けた際の、長さ、しなり(曲がり)具合などがウルトラマニアにとっては大切
なポイントのようです。

ルーフ前方へと伸びたアンテナの先端は、突き防止のカラーを着色してあります。

ルーフ左前方位置のアンテナステーは自作です。この部品はキットには付いていません。組み
立て説明書には、付属の0.5mm径金属線を使ってU字型のフックを作ってください云々、と大
胆なことが書かれていますが、それでは実物考証とかなり違ってきます。

1枚目の画像左のように、適当なジャンクパーツプラ棒と極細真鍮パイプ(アンテナ線を通すた
め)を使って工作。実物のステーはさらに複雑な形状をしていますが、米粒のようなサイズです
ので、これ以上は断念。下に出ている突起は、ルーフへの確実な固定のための軸打ち金属線で
す。


アンテナ基部のパーツは、リヤバンパーの左端天面に固定されます。1枚目画像右の白いパーツ
がそれです。やはり米粒倍くらいの大きさ。実際ここのアンテナ基部は、アンテナ線を車体に
前方に向けて支えるためのスプリング構造になっているようです。工作では、アンテナ線とパ
ーツの接続部分に極細の真鍮パイプをかましました。


このアンテナ基部のパーツは、メッキ処理されたリヤバンパーへ、普通にメッキをはがして接
着固定しようとしても、ちょっと無理があります。歪曲した状態で固定されるアンテナ線から
の反発力もありますし。ここは、画像のようにルーフステー同様、金属線で固定用軸打ちが必
須工作となります。








         



コレクションスケールサイズの自動車模型製品にありがちな話ですが、実車でメッキ部品にな
っているところの全部が全部、キットでメッキパーツとして用意されているわけではありませ
ん。かといって、シルバーで塗っても、鏡面のようなメッキの輝きには及ばず。カーモデラー
にとっては、その差異がとても残念であったり気持ちわるいものです。

この問題は、今回のように古い車両モデルの場合とくに顕著で、メッキ部品を多用しているか
らです。


それでも、流石にハセガワのキットらしく、メッキが施されたパーツは比較的多く、大物のフ
ロントならびにリヤバンパーのみならず、ヘッドライトリング(リム)、フロントワイパー、ド
アノブ、クォーターピラー空気取り入れ口飾りカバー、リヤコンビネーションランプ各輪郭、
マフラーエンド、ホイールキャップが用意されています。

そして、先述の通り、エンブレム、Cosmoオーナメント、リヤMAZDAロゴ、トランクリッド
鍵穴などはMC(メッキチップの意? 電鋳)パーツです。さらに、ルームミラーとフェンダーミラ
ーの鏡面部分にもMCが採用されているデラックスな内容です。


・・・で、逆に視覚的差異で問題になるのが、他の部位で実車でメッキ部品となっている、フ
ロント・サイド・リヤウインドウ周りの各モールディングライン。そして、フロントヘッドラ
イトカバーリングとフロントグリルアウトライン。これらの部位がメッキ表現でないと、かな
り外観性バランスが崩れます。最近の優れた高輝系シルバーで塗装しても、差異は残るでしょ
うし。


ということで、今回は高品位シルバーでの塗装はせず、メッキ調のアルミ箔を当該部位にちま
ちまと貼り付けていく表現方法を採択しました。アルミ箔シールの品はnewメタルックです。
極薄ですぐ破れるので、慎重かつ大まかな形でやさしく押さえて貼り付けていっては、パーツ
の形状に合わせて恐る恐るカッティングしていく方法。とにかくしわなく綺麗に貼るのが難し
い。とくに3次曲線。全部やるのにまる一晩かかりました。


余談ですが、この手法は昔からスケールモデラーの技術であって、わたしのようなアニメモデ
ル出身者には縁の無いものでした。それが昔、全国の少年アニメキットモデラーに広く知られ
るようになったのは、80年代前半に月刊コロコロコミックに掲載されていた『3D甲子園 プラ
コン大作』の劇中、記念すべき3Dマッチ東京大会第一回@後楽園球場において、主人公 城戸大
作たちが構成する笹塚ブルースターズの対戦相手、4つ子の青山ファイヤーブラザーズが本戦製
作中に出し惜しみなくこの技術を披露したエピソードでした。


この漫画作品のテクニカルアドバイザーは、当時タミヤニュースなどで、スケールモデラー集
団の雄として全国的に名を馳せたカンプグルッペジーベンの十川俊一郎さん(模型研究家)でし
たから、やはり本物の説得力がありましたね。カンプにはジオラマの金子辰也さんや山田卓司
さんもおられました。

あの頃は、少年アニメモデラーの憧憬がストリームベースであったとするなら、AFVモデラー
の憧れは間違いなくカンプグッペジーヘンであり、かのバーリンデン様でありました。嗚呼懐
かしい。(ん? なんの話を書いているのだろう・・・)









         



シャーシです。何も触っていません。フラットブラックとセミグロスブラックの世界ですが、
詮無いので暗めのメタリックカラーなどを使って、ちょっとだけ色数を増やしています。フロ
ントサスペンションは、やはりダブルウイッシュボーンなのですね。ホイールを外すと、ディ
スクブレーキシステムが現れます。









         



同じくシャーシのリヤ側です。おおっと、予想に反して準リジットの板バネ式サスペンション
であったとは。純スポーツカーに板パネ。そおかぁ、そういう時代だったのか・・・と、感慨
深いものがあります。なんだか、コスモスポーツがかわいく見えてきました。

こちらもとくに触っていません。塗装で、少し情報量を増やしたぐらい。一連の排気パイプ
は、溶接箇所を、バイクモデリングの熱焼け風表現のテクニックですこしだけ汚しを。









         



オマケ画像 その1
こちらが、当該キットパッケージになります。わかりやすくて、すごくナイスな
デザインのような、手抜きでいけてない意匠のような・・・ ハセガワさんたら。








         



オマケ画像 その2
当時の別冊テレビくん8月15日号と一緒に。
宝物のひとつ。

これで製作レポートは終わりです。




               投稿者: K                                    No コメント